【スローに歩く、北欧の旅#46】「同じおいしさ」を作ることに熱中する、デンマークのクラフトビール
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回取り上げるのはデンマークのクラフトビール。
昨今はビール業界でもサステナブルであることと向き合うメーカーが増えています。容器の見直しをしたり、廃棄食品を原材料に使うなどさまざまな試みが生まれるなか、おいしさに妥協しないビール作りが、結果的に持続可能なビジネスとなっている……そんなデンマークの醸造所についてご紹介したいと思います。
クラフトビール界のカリスマが絶賛
小規模な醸造所がつくるユニークな味わいが魅力のクラフトビール。昨今は国内外のさまざまなクラフトビールを楽しめるようになりましたが、北欧発のクラフトビール・フェスティバルが東京で開催されていることをご存知でしょうか。
MBCT(ミッケラー・ビア・セレブレーション・トーキョー)を主催するのは、デンマークの大人気クラフトビール会社、ミッケラー。コペンハーゲンで創業し、世界のコアなビールファンを唸らせてきたメーカーです。もともと地元コペンハーゲンで始めたビアフェスティバルが、2018年から東京でも開催スタート。10月の週末2日間にわたって、クラフトビール界のカリスマといわれるミッケラーの創業者、ミッケル・ビャルグ氏が世界中から選びぬいたクラフトビールのブルワリー(小規模醸造所)が東京に集結します。
MBCTには北欧からも魅力的なブルワリーが参加しているのですが、ミッケル氏が「ここのラガーが世界で一番好き」と惚れ込んでいるのが、デンマークのエーベルトフト・ファームブルワリー。デンマークのユトランド半島東岸部にあるエーベルトフトという小さな港町でビール造りをしている醸造所です。
ビアフェスティバルでは出店者がケグ(樽)を持ち込んで生ビールを提供するのが常ですが、エーベルトフト・ファームブルワリーのブースではボトルビールのみの提供です。ではその理由も含めて、追っていきましょう。
コロナの時期に売上が急成長
もともと地元の仲間と趣味で作っていたビールが話題を呼んで、いまではデンマーク中のスーパーマーケットや、ミシュラン星を獲得したレストランでも提供されるほどになったエーベルトフト・ファームブルワリー。醸造所を構えるのは、対岸にスウェーデンをのぞむカテガット海峡に面した19世紀の古い畜産農場です。
オーナーであり醸造マスターのペダーさんに話を聞くと、コロナの時期に売上がぐっと伸びたのだそう。「あの時期は、地元のよさを再認識する機会にもなったと思います。多くの人が地元の生産者にも意識を向けました。うちの醸造所には屋外で飲める広いスペースがあるので、コロナ禍でも安心しておいしいビールを楽しめると受け入れられたのでしょう。私たちは毎週、フレッシュなビールを出していましたからね」。
現在は毎年60~70万リットルのビールを生産しているとのことですが、他の醸造所に比べると、ビールの種類は限られています。「私たちがやりたいのは、同じ味をどれだけおいしく作れるか。それこそが楽しく、そこに熱中しているんです。例えば2015年から作っているニューイングランドスタイルのビール『ワイルドフラワーIPA』は全生産量の1/3にあたります。当時はまだヨーロッパではニューイングランドIPAは珍しかったのですが、評判になってずっと作り続けている味です」。上記写真が『ワイルドフラワーIPA』。毎年、フレッシュな野生の草花を使って作っています。
同じであることに意義がある
人気が高まるにつれ、都市部にビアバーを建設したり、事業を広げないかとのオファーも来るようになりましたが、ビジネスを大きくするつもりはないとペダーさん。「私たちは宣伝もとくにしていませんし、ビジネスプランや戦略もとくにありません。より大きく、より新しくという考え方もありますが、私達は同じであり続けることに意義を見出しています。少ないスタッフと一緒に自分たちがまかなえる量で、同じ味をいかにおいしく作るか。それが一番大事なんです」とペダーさん。
エーベルトフト・ファームブルワリーでは商品やビジネスが「サステナブル」であることをとくに謳っているわけではありません。自分たちのやりたいことに忠実でありながら結果的に持続可能なビジネスのスタイルにつながっている。それがまた人々を惹きつける魅力になっているのでしょう。
「地球や環境のために、自分たちの歩みのペースを小さく、スローにしていくことは大事だと思います。たとえば私達はプラスティックのケグは使いません。昔からずっと使っているスチールのケグを使い続けることに誇りを持っています。」
MBCTの会場で、ボトルビールのみで提供していたのは、そこに理由があったのですね。こちらの記事(#32「3年半ぶりの北欧旅行で、いちばんに飲みたかったクラフトビールの話」)でもご紹介しているとおり、ビアフェスなどの搬入の際には、昨今はリサイクルできるプラスティックケグがよく使われています。リサイクルできる製品を新しく購入するか、それとも持っている物を使い続けるか。どちらが良いか一概には言えない、ということも考えさせられます。
ミッケル氏が「クリーンでとてもバランスがいい」と絶賛していた緑色のラベルのラガービール。すっきりとした味わいながら苦みとハーブの香りがピリッと効いていて、飲んだ人が口々に「こんな味は初めて!」と驚いていました。
原材料にはペダーさんが「現在のところ、これが最高」と話すドイツ産の麦芽を使用していますが、今後は地元でも麦芽を作れるように試行錯誤を重ねているところだそう。醸造所ではビールの他にりんごを使ったサイダーも提供していてこちらも人気だそう。次は「子どもの頃に飲んだ、いちごやルバーブのソーダを作りたい」とペダーさん。「デンマークの夏の味なんです。自然素材だけを使っていつかうちの醸造所でも作りたいですね」。
最近、日本でも見かけるようになったルバーブ、そしていちごといえば北欧では初夏の味なんですよね。いつか海をのぞむエーベルトフトのブルワリーを訪れて、生ビールとソーダを味わってみたいものです!
ミッケラーのアートワークに猫さんの姿が。これはコピ・ルアクというジャコウネコの体内で発酵させる高級コーヒー豆を使ったビールのポスターなのです。それではスコール!(デンマーク語で乾杯!)
最後にひとつ告知です。3月9日に新刊が発売となりました。大和書房の人気シリーズ、読んで旅する「よんたび」文庫からの刊行です。
北欧5カ国ーフィンランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、アイスランドを19年にわたって旅してきた中で心に残る場所、繰り返し旅する理由、現地の人々との交流などを綴ったエッセイです。カボニューの連載でご紹介した場所や人も登場しています。合わせてお楽しみいただけたら嬉しいです!
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