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【スローに歩く、北欧の旅#51】イノベーションの町エスポーで、フィンランドデザインを堪能

みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回はフィンランドの革新的な町と美術館についてご紹介します。


圧巻のフィンランドデザインが揃う美術館

エスポー近代美術館(Espoo Museum of Modern Art)、通称EMMAは、戦後から1960年代にかけてのフィンランドデザイン黄金期とよばれる時代の作品を、とくに豊富に揃えた近代アート美術館です。2022年の終わりには、フィンランドの著名なアート蒐集家であるキョスティ・カッコネン氏のコレクションが常設展示としてスタート。ヌータヤルヴィ窯やイッタラ社で数多くの名作を残したオイヴァ・トイッカや、アラビア製陶所を代表する作家ビルゲル・カイピアイネンといった日本でも人気の高い巨匠たちの知られざる作品も公開され、フィンランドデザイン好きには来訪必至の場所となりました。

Collection Kakkonen / EMMA – Espoo Museum of Modern Art. © Ari Karttunen / EMMA

EMMAでキュレーターを務めるアウラ・ヴィルクナ氏にお話を伺ったところ、コレクション・カッコネンはオープン以来、国内外で大きく注目を集め、EMMAの来館者数アップにも大きく貢献しているとのこと。2023年の来館者数は20万人を超えたそうで、展示スペースはオープン時よりも拡大されています。

下の写真の巨大なガラスアートは、鳥のオブジェや『カステヘルミ』と名付けられた食器シリーズで日本にもファンの多いオイヴァ・トイッカの作品『ガラスの森』。キュレーターのヴィルクナ氏も、「ぜひこれは見てほしい」とコメントされていた作品です。「フィンランドデザインは、ガラス芸術を抜きには語ることができません。コレクション・カッコネンでもガラス作品はとくに大きく取り上げています。黄金時代の作品だけでなくその前後の作品もあり、異なる時代のアートと出会える場所となっています」とヴィルクナ氏。

Oiva Toikka, Glass Forest, 2003. Collection Kakkonen / EMMA – Espoo Museum of Modern Art. © Ari Karttunen / EMMA

EMMAのもうひとつの見どころといえば、ガラス、陶芸、木工、紙幣デザイン……と分野をまたいで活躍した異才タピオ・ヴィルカラと、その妻でありフィンランド陶芸を牽引したルート・ブリュクという、フィンランドデザインとアート界に大きな影響を残したアーティスト夫妻の作品をどこよりも多く収蔵していること。

彼らの作品にできるだけ多く触れてもらえるようにと、ヴィルカラとブリュクの作品を展示するスペースに隣接した「オープンストレージ」では、通常であれば保管庫にある作品の多くも「見せる収納」で展示しています。私はヴィルカラとブリュクの大ファンで、フィンランドや日本で開催された展覧会で繰り返し二人の作品を追ってきましたが、こんなにカジュアルな状態で彼らの作品を目にしたのは初めて。完成品だけでなくプロトタイプやスケッチなどが、収納棚や木箱、パレットラックなどに所狭しと並べられており、二人の作品と世界を間近で見ることができたのは感激でした。

「オープンストレージでは直射日光が当たらないよう、また照度調整にも気を配り、美術品の保管という観点から細心の注意を払っています。従来であればお見せすることのできなかった多くの作品をこうして展示できるのは美術館としての挑戦であり、より多くの可能性を秘めていると思います」とヴィルクナ氏。

Bryk & Wirkkala Visible Storage / EMMA – Espoo Museum of Modern Art © EllaTommila / EMMA

カーボンニュートラルなアートとの付き合い方

さて、そんなフィンランドデザイン好きの聖地ともいえるEMMAですが、カーボンニュートラルへの取り組みも進んでいます。EMMAのサステナブル推進グループの方々に質問をしたところ、展示に使われる台座や棚を作る際には持続可能な素材を探し、終了した展示から次の展示へと什器や備品を再利用しやすい仕組みを考えているとのこと。

「コレクション・カッコネンについてはヘルシンキのデザインエージェンシーAVIANとの協同で、作品を効果的に展示できて、かつ長期的に使える什器づくりや展示設営をしています。

例えば展示に使われている台座の一部は、砂利と粘土を圧縮して硬さを出す版築という技術で作られています。使われている素材はフィンランド産の鉱物と赤土、さらに他のプロジェクトで余った粘土や砂利を再利用したもの。版築によって作られた台座は再利用しやすく、従来のコンクリート製の台座に比べて二酸化炭素の排出を抑えることができます」。今後コレクション・カッコネンのリニューアルをする際にも、別の展示で使った台座をリユースする計画があるとのことでした。

「それ以外の展示についても、展示に必要な素材をすべてリサイクルできるよう、各々の展示に合わせて変更を加えたり適応できる展示設営を考えています」。

他にもEMMAでは、展示会の会期を長くすることで展示にまつわる輸送や建築コストを削減したり、作品の梱包材にもリサイクル資材を利用し、展示スケジュールを記したカレンダーやレセプションの招待状などはデジタル化に完全移行するなど、あらゆる面からカーボンニュートラル達成のために取り組んでいます。

作品のキュレーションにおいても、カーボンニュートラルをひとつの軸に据えているというEMMA。アートやデザインワークショップでは、できるだけゴミを出さないような内容を選び、例えば塩で描くアートペイントのワークショップなどを開催しています。こうした試みが評価され、企業や組織の環境方針や目標を設定し、評価するフィンランドの認証団体エコ・コンパスの認証も獲得しています。

フィンランドのイノベーションが生まれる町

EMMAのあるエスポー市は、首都ヘルシンキから10キロほどの場所にあり、かつては携帯電話会社ノキアのお膝元として知られた町。それが昨今では、欧州でもっとも持続可能な都市として注目を集めています。

エスポー市にはフィンランドが誇る建築家、アルヴァ・アールトの名前を冠した大学があります。2010年、ヘルシンキ工科大学とヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学の3つの学校が合併してできたのがアールト大学で、持続可能な未来をつくるために科学技術と経済、そしてアートが分野を超えて協力できるようにと統合されました。

フィンランドといえばスタートアップ企業が多いことでも知られますが、アールト大学ではスタートアップを積極的に支援し、循環型経済や持続可能な社会に必要なバイオテクノロジーやIT関連企業も多く生まれています。また大学では、アートやデザインを学ぶ上でもサステナブルな観点からのアプローチが指導されています。

エスポー市には持続可能なビジネスや町づくりをサポートする『エンター・エスポー』という組織があり、町で行われているさまざまな事例を紹介しています。最近の事例で取り上げらていたのは、エスポーに事業所をもつマイクロソフト社と、フィンランドの電力会社フォータムとの提携により、マイクロソフト社のデータセンターから出る廃熱でエスポー市と周辺地区の地域暖房をまかなうという一大プロジェクトがスタートしたこと。2025から2026年にかけての始動に向けて、現在はヒートポンプ工場の建設が始まっており、これが実現すれば世界最大規模の廃熱再利用プロジェクトとなるそうです。

エスポー市では『気候ウォッチ(Climate Watch)』というサイトも運営していて、このサイトにはカーボンニュートラルを達成するための、市のエネルギー政策や輸送、建築、循環型経済など、エスポー市の気候変動対策がまとめられており、プロジェクトの進捗状況や評価も見ることができます。

持続可能な社会への取り組みが精力的に行われているエスポーには、国内外からの視察が絶えないようです。フィンランド旅行というと首都ヘルシンキや、サンタクロースの町ロヴァニエミが人気ですが、フィンランドのデザインやアート、そしてサステナブルな未来のための技術やアイデアが日々生まれているエスポーもおすすめですよ!最後にいくつか、エスポーとEMMAで見られる私のおすすめアートをピックアップしてご紹介しますね。

EMMAの最寄り駅、タピオラのホームにそびえ立つのは、フィンランド出身で注目されている彫刻家キム・シモンソンによる作品。手にペンキをつけた大きな少女の銅像は「痕跡を残すエマ」と名付けられ、道具がなくても子どもが自由にアートを楽しむ様子を捉えた作品です。ホームから地上へと上がる途中の壁には、エマの手で塗られたとされるペンキの跡も見つけることができるんです。

EMMAの敷地内にはこんなものも展示されています。『FUTURO HOUSE』と名付けられたUFOのような物体は1960年代に作られたプレハブ住宅。もともとポータブルなスキー小屋として開発されたもので、未来の家として提案されたそうです。

こちらはカッコネン・コレクションで見られる陶芸家ミヒャエル・シルキンの作品。動物のフィギュアが人気で、ヒョウやトラ、ネコなどネコ科の作品がとくに可愛いのです。ちなみにフィンランド語で猫はKISSA(キッサ)といいます。それでは、モイモイ(フィンランド語でまたね)!


プロフィール  森 百合子(もり ゆりこ)
 

北欧5カ国で取材を重ね、ライフスタイルや旅情報を中心に執筆。主な著書に『3日でまわる北欧』(トゥーヴァージンズ)、『北欧ゆるとりっぷ』(主婦の友社)、『いろはに北欧』(学研プラス/地球の歩き方)など。執筆活動に加えてNHK『世界はほしいモノにあふれてる』『趣味どきっ!』などメディア出演や、講演など幅広い活動を通じて北欧の魅力を伝えている。築88年の日本家屋に暮らし、北欧デザインを取り入れたリノベーションや暮らしのアイデアも実践中。 
HP:https://hokuobook.com
Instagram:@allgodschillun

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