【スローに歩く、北欧の旅#26】罪悪感を持たずに進める、デンマーク流の環境アプローチとは?(後編)
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。
前回に続いて、デンマークの首都コペンハーゲンに暮らす、さわひろあやさんにデンマークの環境アプローチについて聞いていきます。デンマークで子育てをしながら図書館司書としてキャリアを重ね、公認観光ガイドの資格も取得したさわひろさん。後半となる今回は町の取り組みや見どころ、そしてデンマークのヒュッゲについても伺いました。
取材協力、写真提供:さわひろあや
変化していくコペンハーゲンの町
-さわひろさんは、コペンハーゲンの公認ガイドの資格も取得されています。町の取り組みや、ここ数年の変化について教えていただけますか?
さわひろさん:いまコペンハーゲンが推しているのは自転車道路ですね。20年前に比べると、どんどんきれいになっています。2025年までにカーボンニュートラル都市にする目標をたてて(現在では、2025年までの達成は難しいとの判断が下されていますが)、市民の移動手段の75%を自転車または公共交通機関や徒歩にしようと投資をしてきました。地下鉄の路線も広がり、町を走るバスはほぼ脱炭素化できています。町としてはすごくがんばっていますね。通勤時間帯に自転車で時速20キロで走れば、赤信号で止まらずに走れるグリーン・ウェーブと呼ばれる仕組みなど、効率性を考えるデンマークらしい発想だなと思います。
さわひろさん:うちの子ども達も小さい頃からよく自転車で遊んでいました。雪が降った時の除雪は自転車道路が優先です。自動車よりも優遇されていると感じますね。政治ドラマ『コペンハーゲン』の舞台となったクリスチャンスボー城の国会入口にも、たくさん自転車が停まっています。ドラマでも描かれていましたが、自転車で通勤する議員もいますよ。
さわひろさん:王室が暮らすアメリエンボー宮殿のある地域も昔は車道が広かったのですが、いまでは車1台ずつしか通れないように狭くし、緑地を増やしました。面白いのはその下を掘って雨水が落ちて海に流れるようにしていること。12~3年ほど前から集中豪雨で洪水になるケースが増えていたのでその対策です。車道を限定して自転車を通りやすくして、さらに洪水対策もしてしまうのがすごいです。パッと見は緑が多くてきれいになったとしかわかりませんが、じつは雨水対策もされているという。
さわひろさん:雨水対策については、ある住居アパートの中庭を見学させてもらったこともあるのですが、雨水を地下室に流れ込まないように処理する工夫がありました。こうした取り組みは新築や改装したアパートの多くで行われています。雨水対策はとても重要で、高低差をつけたり、貯めて植物を植えるといった都市デザインはいま注目されていますね。雑草をわざと生やしたり、平らな屋根に草を生やすようにする市のルールもあって、生物多様性に配慮する一方で、景観を良くすることも両立させています。
-都市設計は、やはり人気のある分野なんでしょうか。
さわひろさん:そうですね。もともとデンマークでは建築は人気の分野で、都市設計ともつながっています。王立演劇ホールでは、暑い時期には冷房の代わりに、夜間に目の前の港から汲み上げた海水を使って館内を冷却して75%ものエネルギー削減に成功しています。
-運河にせり出すように建てられたモダンな建築ですよね。立地を活かしたやり方ですね。
さわひろさん:はい、冬場は劇場内の暖房をはじめ照明や外光による熱を蓄えて、翌日に利用するそうです。見た目の美しさを妥協せず、とにかく知恵を出してエネルギーの無駄を抑えることが市や国の規模で率先して行われているんですよね。
-観光名所であるとともに、グリーンシティをめざす市の施策を身近に感じられる場所でもあるんですね。
さわひろさん:ゴミ焼却所に人工スキー場を併設したコペンヒルもそうですね。ゴミを焼却する際に出る熱の再利用は義務化されていて、各家庭を温めるセントラルヒーティングに供給されています。上手く循環させることがよく考えられていて、なおかつ遊べる場にしてしまいました。
-先日ちょうどコペンヒルができるまでのドキュメンタリーを見ましたが、プロジェクトを進める建築家もゴミ処理施設のCEOも「どうせやるなら楽しい方がいい」とワクワクしながら進めているのが印象的でした。
対立させずに、建設的に進める
-日々の生活のなかで、変わってきたと感じる部分はありますか?
さわひろさん:肉に対しての意識がすごく変わってきています。学校の給食でもプラントベースやビーツのバーガーが出ますね。子ども向けのベジタリアン料理本もあります。お肉を使わなくてもこれだけ料理できるよと。うちの子どもたちも給食のキヌアバーガーが好きだったり。需要はあると思います。
-もともとデンマークの人はお肉が大好きですよね。デンマークポークも有名ですし。
さわひろさん:豚肉も牛肉も、キロ単位で買うのが当たり前でしたから。もちろん反動もあって「肉を食べて何が悪い」という人もいます。急速に進めすぎると、どうしても反発が起こりますよね。
いま与党となっている社会民主党と一緒に政権を組んでいる自由党は、メインの支持者が農家の人たちなので、政治家にとって触れにくい問題でもあります。農家が出す二酸化炭素について新しいテクノロジーを開発することで対応するなど、注意深く進めているのが伺えます。
-そうした駆け引きは『コペンハーゲン』でも描かれていましたね。
さわひろさん:それを生業とする人がいるから、あからさまに対立しないようにしないといけないですよね。対立させてしまうと、目標達成ができませんから。さまざまな利益がある人々が同じ方向を向いて目標を達成することが大事で、そういう政策の進め方は建設的でいいなと思います。
環境対策にも通じる、しあわせの国のマインド
-さまざまな立場の人たちが大きな目標に向かって協力し合う。まさにめざすべきやり方だと思うのですが、日本だとどうしても他方からの横槍が入るとか、全方位に耳を傾けているうちになかなか進まないケースが多い気がします。
さわひろさん:日本と比べて規模が圧倒的に小さいから、物事を進めやすいですよね。何しろ人口は兵庫県の規模ですから。スピード感はありますね。多様な意見は聞き入れるけれど、決めたらやる。もちろん修正しながら進めていく部分はありますが、とにかくやる。最終的に行き着きたいところは何かといえば、それは個人の利益ではない。そこに焦点を置いている気がします。
日本は自然災害が多いから様々なケースを想定して配慮するのも無理はないと思います。こちらは地震も自然災害も少ないので見切り発車で進めてしまえるんです。私は日本人の感覚もあるから、えっ、これでスタートしちゃうの?と思うこともあります。
-見切り発車、やってみて直す、だめだったら止めるなど、失敗を恐れずとにかく進めてみる姿勢というのは、他の北欧諸国の政策にも見られますね。
さわひろさん:デンマークでは失敗は改善のためのきっかけと捉え、慎重になり過ぎないのかもしれません。完璧でなければ、というよりは、どんどん進めていこうと。
-デンマークは2006年に行われた幸福度調査で世界でもっともしあわせな国に選ばれて、「北欧=しあわせの国」のイメージを作った国でもありますよね。お話を聞いていて、自分ひとりの責任と思わない、失敗を恐れないというのは、しあわせに暮らすマインドにつながっている感じがしました。
さわひろさん:罪悪感を持たずに、自分たちは正しいことをしていると思える。それがしあわせの国の秘訣かもしれませんね。
-では最後の質問になりますが、デンマークといえばヒュッゲ(ほっとする、心休まる時間や空間のこと)の国としても知られています。日本語で表現するのが難しいとも言われますが、ヒュッゲってどんな感覚なのでしょう?
さわひろさん:やっぱりロウソクはマストアイテムですね。それからお茶と甘いもの。一緒に映画を見たりボードゲームをしたり、おしゃべりしたり。横に座って、それぞれが本を読んでいてもいいんです。一人でヒュッゲすることもありますが、やっぱり人と一緒にいる時のことですね。
スペインに旅行に行く、といった大きな計画や、がんばるような楽しさとかおしゃれなことではなくて、もっと身近な、散歩にいくとか、友達とのおしゃべりとか。いちばん遠くてもサマーハウス(夏休みなどを過ごす別荘のこと。簡素な小屋も多い)出かけるといった感じでしょうか。チョコレートを食べるとか、友達といい会話ができたとか。寒い日に外に出かけた後、帰宅してみんなでココアを飲む、なんていうのもヒュッゲですね。日常にほっこりした瞬間をくれるものです。
-イベント的な旅行はヒュッゲとはまた違うんですね。北欧の人々にとってのサマーハウスは特別な存在というよりは、暮らしの延長のような場所ですもんね。ではさわひろさんにとっての、おやすみの日のヒュッゲな過ごし方は?
さわひろさん:朝ごはんをゆっくり食べるのが好きですね。パン屋で焼き立てのパンを買ってきて、卵料理やフルーツも一緒に出して、ちょっといいコーヒーを用意して、みんなで一緒にいただく。平日は家族揃って食べるのは難しいので、休みの日はみんなで一緒に食べるのがいいですね。そこから始まる感じです。
2回に渡ってお届けしてきたデンマーク流の環境アプローチ。コペンハーゲン市の昨今の取り組みや見どころなど、旅する時には改めて注視したいと思っています。そして前後編を通じて目を開かされたのは「大きな問題をパーソナルに捉えない、罪悪感を感じすぎない」こと。陽気といわれるデンマークの人々の、楽しみながら無理のないように向き合っていく姿勢は、簡単には解決しない環境や気候問題について考えていく上ですごく必要なマインドだなと思いました。さわひろさん、貴重なお話をマンゲ・タック(デンマーク語でありがとうございます)!
これは日本でも長く愛されているデンマーク生まれの絵本。黄色い目の猫ばかりのなかで「君だけ違う」と仲間はずれにされていた青い目のこねこが、どこまでも陽気にたくましく猫生を切り開く物語です。左側はデンマーク語版。日本語版とは表紙の雰囲気がまったく違うのもおもしろいですね!それではヴィシース!(デンマーク語でまたね!)
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