【スローに歩く、北欧の旅#16】アイスランド大使に聞く グリーンエネルギー大国が目指すカーボンニュートラル(前編)
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回はアイスランド大使館を訪ねて、ステファン・ホイクル・ヨハネソン駐日アイスランド大使にお話を伺いました!
日本のアイスランドを訪問
アイスランドと聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?火山と氷河という両極といえるような自然が共存する絶景の国。ジェンダーギャップ・ランキングで13年間連続で1位となっている男女平等先進国。歌手のビョークや、アカデミー賞作曲賞を受賞したヒドゥル・グドナドッティルを輩出する音楽大国……。自然も人も文化も個性的な国アイスランドでは、カーボンニュートラルや環境、気候に対してどのような試みをしているのでしょうか。日本のアイスランド大使館を訪問し、大使にじっくりとお話を伺いました。
地熱+水力のグリーンエネルギー大国
-ヨハネソン大使、本日はどうぞよろしくお願いいたします。アイスランドは2040年までにカーボンニュートラル国家となることを目指していますね。具体的にはどのような試みがあるのでしょうか。
ヨハネソン駐日アイスランド大使(以下ヨハネソン大使):そうですね、アイスランドではパリ協定に基づいて2040年までにカーボンニュートラルを達成すること、また2030年までに温室効果ガスの排出を40%削減することを目標としています。
アイスランドでは暖房などに使われる生活電力は、水力と地熱によりほぼすべてを再生可能エネルギーでまかなうことができています。つまり電力面ではゼロ・カーボンが達成できているので、他の面で排出量を大きく削減できるように取り組んでいます。
具体的には、移動手段を公共交通機関に振り替えていくこと、車両などの動力を代替エネルギーへシフトさせること、農業や漁業においてもエネルギーシフトを進めること、ゴミの焼却を効率的にすることなどもあげられます。一方でアイスランドには森が少ないため、植林や湿地再生、緑化再生にも取り組んでいます。
失われた森や自然を取り戻す
-そういえばアイスランドを訪れた時に、町から離れてドライブをしていても森林が見あたらないことに驚きました。森はもともと少なかったのでしょうか?
ヨハネソン大使:アイスランドは、9世紀に入植したノルウェーからのバイキングによって建設された国です。中世の時代を記した散文『サーガ』によると、当時は山地から海まで広い範囲に森があったようです。ところが入植の際に伐採して薪にしたり、家を建てたり、ひつじや家畜を養うために芝生を育てていく上で、徐々に森が消えていったという経緯があるようです。つまり森がないのは人間のせいなんです。ひつじを養うために、もともとあった湿地帯も乾かして草地にするなど、環境破壊をしてしまったのです。
現在、政府は植林や湿地帯を再びよみがえらせようと取り組んでいます。森や湿地は二酸化炭素を取り込んで酸素を生み出せるので、CO2の削減にも重要な存在ですからね。湿地は野鳥の生息地ですから、生態系のためにも取り戻す必要があります。
-先程お話があったように、アイスランドは地熱と水力という2大エネルギーにより既に電力面ではゼロ・カーボンが達成できています。こうしたアドバンテージを持ちながらも、パリ協定に基づいて他国同様に努力する、ということについては国内での議論などはなかったのでしょうか。
ヨハネソン大使:私たちは国際社会の一員として、温室効果ガスの削減に参加しないといけません。この問題には人類として責任があるのです。その部分は国民の同意もとれていますね。また私たちの主な産業は漁業であり、環境破壊や気候変動による影響は計り知れません。
私はアイスランドの南西にあるヴェストマン諸島の出身なのですが、この島は漁業が盛んで、観光客の方にも人気の高いパフィンが集まる場所としても知られています。島の近くにパフィンがたくさん渡ってくるコロニーがあるのですが、近年、気候変動により食べものがとれにくくなって困っているようです。また、冬の嵐など天候面での変化もあります。人々は実際にそうした影響を目の当たりにしていますから、行動に移せるのです。
電気自動車&スクーターが普及した理由
-移動手段の切り替えについてお伺いしますが、アイスランドは車社会だと思うのですが、電気自動車の普及率はどのくらいでしょうか?一般的に寒い地域や自然が厳しい地域では電気自動車への抵抗があるという話も聞いたことがありますが、アイスランドではどうでしょうか。
ヨハネソン大使:そうですね。ご指摘の通り、アイスランド人にとって車は切り離せない存在です。10.3万km2ほどの国土に 約36万人が暮らし、移動には車やトラック、バスなどがかかせません。
じつはアイスランドは、ノルウェーに次いで世界で2番目に電気自動車(EV車)の充電ステーションが多い国なんです。EV車の普及率も高く、現在ではアイスランド国内の約60%がEV車となっています。充電ステーションについては地図で見ていただくとわかりやすいのですが、アイスランド全土に設置されています。EV車を普及させるためには充電ステーションへのアクセスの良さが鍵となります。
また私の出身地であるヴェストマン諸島のような小さなコミュニティでは、EV車の方が便利なんです。朝までに充電して、それで20キロくらい走れればこと足りるので、EV車が向いているんです。
アイスランドでEV車が普及した背景には、電力が安くとれることも挙げられますし、一方で最近はガスや石油の価格が上がっていますから、EV車が普及しやすい条件が揃っているといえます。日本車はとても人気があって、三菱のアウトランダーは利用者が多いですね。トヨタも非常によく知られていて、人気が高いです。
-首都レイキャビクを旅した時に、公共交通機関の選択肢があまりない印象がありました。自動車の代替手段としては何があるでしょうか。
ヨハネソン大使:この数年でレンタル電気スクーターが急速に普及しているんですよ。森さんが最後にアイスランドにいらしたのはいつでしょうか?
-2019年の12月です。
ヨハネソン大使:じつはちょうど2019年から導入が始まり、いま首都レイキャビクでは2000台ものレンタル電気スクーターが設置されています。レイキャビク以外でも広がりを見せ、北部のアークレイリという町や、私の故郷でも導入されています。レンタルスクーターだけでなく、個人所有の電気スクーターの割合も増え、現在は約20%のシェアがあるようです。調査によると、国民の約40%が電気スクーターをすでに試したことがあるそうです。ここ数年で一気に普及したので、次にアイスランドへいらした時には以前とまったく違う光景が見られると思いますよ。
-そうだったんですね!次回の来訪時は電気スクーターにぜひ挑戦してみたいです。バスなどの公共交通については、何か変化はあるでしょうか。
ヨハネソン大使:自治体のバスはアプリと連動して、電気スクーターと一緒に使えるようになり、便利になりました。それからレンタル電気スクーターを運営しているHOPPという会社は、カーシェアでもEV車を導入していますね。
世界から注目を集める新技術も
-北欧諸国はどの国もカーボンニュートラルや気候対策への取り組みに積極的ですが、ほかの北欧の国々と協力しての取り組みもあるのでしょうか?
ヨハネソン大使:北欧5カ国が協力して運営する北欧閣僚理事会という組織があり、ここでは北欧という枠組みの中で科学技術協力を推進しています。
2019年6月には、持続可能な社会を達成するための北欧5カ国によるビジョンについて合意をしています。具体的にはグリーンノルディックとして、カーボンニュートラルや気候変動適応策のために必要なリサーチや開発、プロモーションを支援する、北欧の海や自然を守る、循環型経済を支援していくことなどが挙げられています。またグリーン移行やデジタル移行により北欧の企業が競争力を高めていけるよう技術革新を支援する、デジタル化や教育、啓蒙により北欧の国家間での協力体制を強めることなどが盛り込まれています。
-技術革新といえば、二酸化炭素に水を混ぜて地中に注入するという画期的な技術を開発したアイスランドの企業、Carbfixが注目を集めていますね。
ヨハネソン大使:Carbfixは、温暖化対策の新しいツールといえますね。もちろん根本的な解決とはなりませんが、持続可能な社会を実現するために必要なパートナーといえるでしょう。国際エネルギー機関(IEA)によると、Carbfixにより世界の二酸化炭素の約2%を減らす可能性があるといわれています。鉄鋼やセメントなど重工業、石油、ガスなど二酸化炭素を多く排出する関連企業にとっては非常に重要な技術です。既に欧米では100以上の企業がCarbfixを導入しており、世界中の政府や企業からの注目も今後さらに集まっていくと思います。
アイスランド大使に聞く、カーボンニュートラルへの試み(前編)では、いままさに変化している町の様子から最新技術までを教えていただきました。レンタル電動スクーターを使っての町散策など、カボニューな試みはぜひ実際に体験してみたいですね!次回は映画や芸術、食や旅などの身近なテーマや日常生活におけるアクションについて、お話を伺っていきます。
アイスランドといえば猫好きの国としても知られています。首都レイキャビクを歩いていると気ままに散歩をしたり、くつろぐ猫たちにばったり会うこともしばしば。それではブレッス(アイスランド語で、またね)!
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