【スローに歩く、北欧の旅#48】廃棄食材でランチを提供する、スウェーデンの人気レストランへ
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回ご紹介するのはスウェーデン第3の都市マルメにあるレストラン、Spill(スピル)です。
廃棄物と名付けられたレストラン!
「Spill」とはスウェーデン語で廃棄物やゴミを指す言葉。スピルでは廃棄食材を活用して、ランチを提供しているのです。運営するのはエリックさんとパートナーのエリノアさん。エリックさんはミシュラン2つ星を獲得しているレストラン「ダニエル・ベルリン」で12年以上働いた経歴を持つベテランシェフです。「当時からスコーネ地方(マルメを含むスウェーデン南部の地方)の食材店をまわって、日々とてつもなく多くの食材が廃棄されている現実に直面しました。それで何かできないかと始めたのがスピルなんです」。
エリックさんはスーパーマーケットを筆頭に地域のさまざまな店から、廃棄される食材を購入。傷みがひどい物はきちんと選り分けて、その日に提供できる料理を決めていきます。「どんな食材が手に入るか当日までわからないので、日々メニューを組み立てるのに頭を使います」とエリックさん。スピルでは、通常のレストランのような固定メニューの提示はなく、ウェブサイトには「本日のメニュー」が毎朝、掲載されます。ランチメニューは2種類のみで、肉または魚を使ったメニューに加えて、ベジタリアン向けの一皿が用意されています。
「Spill」の名前に驚いた人もいるのでは?と尋ねると、「そうですね、最初は怪訝に思う人もいたようです。でも今では好意的に受け入れられていますよ」とエリックさん。町の北側に最初の店をオープンさせたのが2018年、そしてコロナ禍が落ち着きはじめた頃に2軒目をつくる話が持ち上がり、町の南側のヒリエとよばれる地域に新店舗を出しました。
伝統料理も廃棄食材でクリエイティブに
私が訪れたのはヒリエの店舗です。この地域は隣国デンマークとスウェーデンをつなぐエーレスンド橋にも近く、国境を超えて通勤する人々も多いと聞きます。「ランチで利用してもらうため、会社やオフィスが多い地域を選びました」とはエリックさん。店内に入ると社員証を首からさげたまま食べに来ている人もたくさんいて、社員食堂のようにも思える雰囲気です。
さて私が来訪した日はメニューに『ヴァレンベリヤレ』と書いてあり、思わず「やった!」と喜んでしまいました。仔牛のひき肉を使ったスウェーデン式のハンバーグなのですが、卵黄と生クリームを入れた、つなぎが多めのふんわりとした食感で、仕上げにたっぷりとグリーンピースとリンゴンベリー(こけもも)を添えるのがお約束。この組み合わせが好きでレストランで見つけるとつい頼んでしまう一品なのです。
ちなみにヴァレンベリヤレとは「ヴァレンベリ家のハンバーグ」という意味で、スウェーデンでもっとも裕福な一族の名前に由来しています。首都ストックホルムにはヴァレンベリ家が営む高級ホテルがあり、ホテル内のレストランでかつてヴァレンベリヤレを食べたことがあるのですが、まさかスピル版を食べられるとは。
こちらはベジタリアン向けのヴァレンベリヤレで、ひき肉の代わりにひよこ豆で作っています。毎日必ず用意されているベジタリアンメニューでは、ひよこ豆やレンズ豆などの豆類がよく活用されているとのこと。「使える食材の制約があるのは大変ですが、ここで働いているスタッフはみんな、発想や工夫が必要とされる職場を楽しんでいますね」とエリックさん。
スピルのインスタグラムを見ると、これまでのランチが投稿されています。ミートボールなどスウェーデン伝統の味が出る日もあれば、ケバブなどの中東料理や、ココナッツミルクを使ったタイ料理まで幅広い料理が登場し、見た目も華やか。今では毎日200~300食を提供しているとのことで、それがすべて廃棄食材で作られているのがすごいなと改めて思います。
店内の内装は白をベースに明るい色を効かせた、北欧らしいすっきりとしたモダンなインテリア。「友人であるインテリアデザイナーに内装を頼んでいますが、中古品も利用しています」とのこと。食後のコーヒー用に置かれたカップを見るとビンテージものがずらり。北欧のカフェではスピルのように、ソーサーが割れてしまったカップなどをリユースして使っているのをたびたび見かけます。
食事をしていると、ちょうど店の前に大型バスが止まり、30~40名ほどの団体客が到着。奥のスペースに用意されていた長いテーブル席がぎっしりと埋まりました。エリックさんに尋ねてみると、出版社のランチミーティングとのこと。最近では企業の会合に利用される機会も増えて、ランチだけでなく朝食やディナー、ケータリングにも対応しているそうです。
店内の様子を見ているとランチはさっと済ませる人も多く、席の回転は早いのですが、ずっとにぎわっていました。聞くところによると、マルメは一人当たりのレストラン軒数がスウェーデンでもっとも多い町だそう。外食産業が盛んなこの町でスピルのような取り組みが増えていけば、エリックさんが目指す「食のシステムの変換」がより実現しやすくなることでしょう。
さてこの陶製の猫は、スウェーデンでもっとも知られている猫……かもしれません。右側にいる猫の名はミア。スウェーデンを代表する陶芸家リサ・ラーソンの作品です。日本でも大人気のリサ・ラーソンは先月、92歳で死去されましたが、リサの作った猫たちは本国をはじめ日本でもずっと愛されることでしょう。
3月に発売となった新刊『探しものは北欧で』の表紙にも猫がいます。新刊では今回ご紹介したマルメの町のこと、それから北欧きっての”猫の町”についても書きました。ちょっとディープな北欧の旅を、ぜひ読んで味わってみてください!
スウェーデン国旗をさしてあるのは、北欧のシナモンロール。横の看板には「北欧へようこそ」とスウェーデン語で書いてあります。それではへイドー(スウェーデン語でさようなら)!
森さんの連載記事をまとめて読みたい人はこちらから👇
カボニュー人気コラム「スローに歩く、北欧の旅『猫でテーブルを拭いてみる』」。これまでの連載を見逃した人や気になっている人におすすめです!
ぜひ、チェックしてみてね。