【スローに歩く、北欧の旅#45】独立記念日に寄せて。IT国家としても知られるエストニア、旅のおすすめは?
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回はバルト三国の一国、エストニアでの旅の話をお届けします。
北欧に仲間入りをしたエストニア
2月24日に独立記念日を迎えるエストニア。そもそも「エストニアって北欧なの?」と思われた方もいるかもしれません。バルト三国として知られるエストニア、リトアニア、ラトビアは、2017年から国連により北欧に分類されることが決まりました。なかでもエストニアは、海を挟んで対岸にあるフィンランドからフェリーで日帰り旅もできる近さで、フィンランドとは言語や文化の面で似ている部分も多いのです。
初めて訪れたエストニアでは、首都のタリン、第2の都市タルトゥ、そしてロシアと国境を接するセト地域をめぐり、この国ならではの自然と文化を体験してきました。
森でハーブについて学ぶ
初めてのエストニアで、まず訪れたのは森です。エストニアの森には数千種類の植物やハーブが生息していて、古くから暮らしのさまざまな場面でハーブが役立ってきました。風邪予防やスキンケアに使用されるほか、かつては軍隊でも怪我の治療に用いられていたと聞きました。
森を案内してくださったのは、タルトゥ大学の薬学博士ラール教授。「ハーブや果実など、森の恵みは誰もが自由にとっていいけれど、とりすぎてはいけません。また聖なる地域では、とってはいけないのです」と話されていました。エストニアにはアニミズム(自然界にも霊魂が宿っているという考え方)や自然信仰が根付いています。教授と一緒に訪れた森のなかにも大きな木が生えた「聖なる場所」があり、木の枝にはお供えのようにリボンや布がくくりつけられていました。近くの石にはコインが置かれ、小さなやしろのようにも思えます。ラール教授は「聖なる場所では森の恵みを収穫するのではなく、お返しをすること。木に触れることで、自然のエネルギーを分けてもらう場所なのです」と教えてくださいました。
移動の途中で立ち寄ったカフェでハーブティーを頼むと、ミントをはじめハーブが大きな葉のまま、わさわさと入っていました。香り豊かでこれが、とってもおいしい!北欧の国々ではコーヒーが親しまれているので、旅の途中はついコーヒーばかり飲んでしまうのですが、エストニアでは訪れたカフェでもレストランでもどこでもハーブティーがメニューにあって、すっかりハーブティーの虜になってしまいました。スーパーマーケットや空港の売店でもさまざまなハーブティーを売っているので、おみやげにもおすすめです。
伝統を色濃く残す、セト地方
次に訪れたのはロシアと国境を接するエストニア南東部のセト地方。ここには先住少数民族が多く暮らし、地域の伝統文化が色濃く残っています。もともとセト地方はロシアにまたがるひとつの地域だったのが、時代により国境線が引き直され、エストニアの独立にともなってロシア側と分断されてしまったという複雑な歴史があります。それゆえに土地に伝わる工芸や文化を守ろうとする動きが活発になっていて、セト独自の旗や、地元の人々に選ばれた独自の君主もいるのです。
そうした土地柄や自給自足の暮らしを求めて、近年は都会から移り住んでくる若い世代も増えているそう。森を訪れた後は、そんな移住派の方が暮らすお家におじゃますることになりました。食卓の上に並んだおいしそうな料理は、シチューも雑穀のパンもチーズもすべて自家製。ちなみにエストニア語で乾杯は「Terviseks(テルヴィセクス)!」と発音します。
再度の独立へとつながった、歌う文化
食後はセト地方に伝わる伝統歌唱であり、ユネスコの無形文化遺産にも登録されているセト・レーロを聴かせていただくことになりました。セトでは、大切なことは歌を通じて口伝で受け継がれてきたとのこと。セト・レーロはポリフォニー(多声音楽)と呼ばれる合唱で、民族衣装に身を包んだ4人の女性がこの土地のこと、夏のお祭りのこと、そして暮らしの悲しみを、時に踊りを交えて歌いあげました。
エストニアの人々にとって歌は特別なものです。1918年2月24日に独立を果たしたエストニアですが、第二次世界大戦時にはソ連に合併され、政治的、文化的に自由を奪われてしまいます。冷戦終結後、独立の気運が高まる中で開催されたのが歌の祭典です。当時、禁じられていた母国語で歌う祭典には、じつに国民の1/3もが集まり合唱し、隣国のリトアニアやラトビアでも同様に歌の祭典が行われ、その力が歌う革命として1991年の独立へとつながっていったのです。
歌の祭典は1869年から続く催しで、いまも受け継がれています。エストニアでは5年に1度の開催で、前回開催の2019年には10万人もの人々が集ったそう。コロナの影響を受けて、次回は2025年の開催が予定されています。
さて、セト地方では伝統的なスモークサウナも体験しました。サウナというとフィンランドが有名ですが、エストニアにも古くからサウナ文化があるんです。スモークサウナとは昔ながらのスタイルで、サウナ小屋に煙突がないため、部屋を温めた後に充満した煙を小さな通気孔から出しきります。温める準備に長く時間がかかるのですが、燻された薪の香りに包まれて体が芯から温まる気持ちよさは格別。スモークサウナこそサウナの王様、という人がいるのも納得です。今回訪れたエストニアのヴォル地方に伝わるスモークサウナは、入浴の儀式がユネスコの無形文化遺産に登録されています。
エストニアというとIT国家や、映画撮影地としての側面がよく知られていますが、今回ご紹介したような独自の文化を残す田園地方への旅も魅力的です。とくにサステナブルツーリズムへの注目が高まる昨今、ますます人気が高まるのではないかと思っています。
エストニア第2の都市タルトゥは、2024年の欧州文化首都に選ばれています。タルトゥでは「Arts of Survival」をテーマに掲げ、タルトゥを中心としたエストニア南西部で、一年を通して1000ものイベントを開催予定。中にはリサイクルやアップサイクル、生物多様性や伝統文化にフォーカスしたプログラムも予定されています。
自然と文化、そして歴史を旅するエストニアの旅。サステナブルな暮らしや旅のかたちに興味のあるみなさんにとって、次の旅の計画のヒントになれば嬉しいです。
取材協力:エストニア政府観光局
セト地方で立ち寄ったレストランで、会った猫さん。厨房とお店の入口を行き来して、かわいい姿を見せてくれました。それではチャオ!(エストニアではまたね、という時にチャオと言う人も多いのです)
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