【スローに歩く、北欧の旅#17】アイスランド大使に聞く グリーンエネルギー大国が目指す、カーボンニュートラル(後編)
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。前回に続いて、ステファン・ホイクル・ヨハネソン駐日アイスランド大使に伺ったお話をお伝えします。
今回は話題となったアイスランド映画や、アイスランド大使館にも飾ってあるアート写真の裏側にある考え、そして大使の日常や旅にまつわることまで、お話を伺いました。
いまのアイスランドを描いた映画
-環境を守るために闘う女性を描いたアイスランド映画『たちあがる女』は日本でも話題となりました。大使はご覧になりましたか?
ヨハネソン駐日アイスランド大使(以下ヨハネソン大使):大好きな作品です。物語は面白いですし、サブプロットもよく、俳優たちも素晴らしかったですね。公開時に私はロンドンで大使として赴任していたのですが、イギリスの配給会社と協力して上映イベントを開催したんです。監督やアイスランドの文部大臣を本国から招いて、イギリス赴任中の他国の大使や環境に携わる関係者たちにも参加していただきました。ポップコーンを配ってのカジュアルな上映会で、アイスランドのことを知ってもらう上でもいい機会でしたね。大使仲間にもとても好評だったんですよ。
映画『たちあがる女』を紹介している記事は👇
-映画のどの部分が印象に残っていますか?
ヨハネソン大使:あの作品は、アイスランド社会のさまざまな面を反映しています。女性をエンパワーメントする作品であり、男女平等な社会が描かれています。アイスランドはジェンダーギャップ指数で13年連続して1位となっている国ですから。女性はアクティブで社会的なだけでなく、環境問題においても積極的に活動しています。この映画にはさまざまなシグナルを見つけることができます。例えば、牧場で飼われていた犬の名はコーナといって、アイスランド語で女性を意味します。ほかにも、主人公の部屋には、女性の権利獲得のために闘った象徴的な活動家の写真が飾られていたり。
作品のテーマとも重なりますが、大きな商業プロジェクトが行われる場合に環境負荷はどうなっているのか、今の国民たちは意識しています。もし負荷が大きければ受け入れられないのです。映画ではアルミ工場について取り上げられていますが、国民にとって重工業関連業界の発展がだんだんと受け入れがたいものになっている、そんな状況をしっかりと描いていますね。
-環境や気候変動への関心は、世代間で違うものでしょうか?
ヨハネソン大使:もちろんそれはあると思います。若い世代は気候変動や環境負荷に対して敏感です。私の子どもたちを見ていてもそうですね。上の世代に意識がないわけではないんです。でもやはりこれからを担っていく世代は環境保全について社会のなかでも積極的に声をあげていますし、政府に対しても強い意志をもって問いかけています。
若い世代ではヴィーガンやベジタリアンが多く、彼らから学ぶことも多いです。私の23歳の末娘はヴィーガンですし、次男はペスカタリアン(肉食は避け、乳製品や魚は食べる)です。私たちの世代と比べると肉を食べない人は多いですね。私自身は肉を食べますが、以前よりは量が減っていますし、できるだけ減らすように意識しています。
身のまわりの小さな変化から
-アイスランドの伝統食は食材を無駄にしない保存食が多いですよね。ちなみに、大使のお好きなアイスランド料理は何でしょう?
ヨハネソン大使:アイスランドのラム肉はおいしいですね。それから好物はタラの干物(ハルズフィスクルと呼ばれるもの)です。アイスランドへ戻った時にたくさん買って、スーツケースをいっぱいにして持って帰ってきますよ。バターをぬって食べるととてもおいしいんです。
日本へ来てから、ししゃもをよく食べるようになりました。唐揚げにしたり、マヨネーズをつけて食べたり、お酒と一緒に食べるとおいしいですね!日本のししゃもはアイスランド産が多いことをご存知でしたか?1960年代から輸出しはじめているんです。ただアイスランド本国ではししゃもはあまり食べません。サバも同様ですが、日本に来てからは自分でも調理するようになりました。アイスランドでよく食べる魚といえばタラやカレイですね。ソテーでいただくことが多いです。
-ご自身でも料理をされるんですね。アイスランドで食べた、フライパンでソテーした熱々の魚料理はとてもおいしかったです。先ほど、肉は以前ほど食べないようになったとお話されていましたが、ほかに身近な暮らしのなかで変えていった行動があれば、お聞かせいただけますか?
ヨハネソン大使:電気の無駄使いをしないよう効率のよい電球に変えたり、日用品もエコフレンドリーなものを買うようにしています。東京では電車やバスなど公共交通機関をよく利用しますよ。それからリサイクルをして、ゴミを減らすこと。コンポストも使っています。一つひとつは小さなことですが、もっとやれることはあると思います。
-リサイクルといえばアイスランドの方は家具や服を買う時に中古店をよく利用している印象があります。大使もそうしたお店を利用されることはありますか?
ヨハネソン大使:家具はリサイクルショップで買うこともありますね。子どもたちは古着も楽しんでいます。私は本が好きで、よく古本屋を利用しますよ。そういえば家族と一緒にジブリ美術館を訪れた時に、美術館までの道沿いにユニークな中古店が並んでいてのぞきましたが、とてもおもしろかったですね。
サスティナブルな旅のために
-アイスランドを訪れる方に、おすすめしたい場所はありますか?例えば夏休みなどをどのように過ごされることが多いのでしょう?
ヨハネソン大使:夏休みはアイスランドに戻って、大自然のなかで過ごします。やはり故郷のヴェストマン諸島に行きますね。甥っ子や姪っ子など家族も住んでいますし、ウェストフィヨルドには私たちのサマーコテージもあります。とても美しく、景色が素晴らしい地域なんです。じつはちょうど最近のCNNのニュースで、「世間の喧騒から離れて過ごすのに最適なヨーロッパの島」のひとつにヴェストマン諸島が選ばれたんですよ。ぜひ、いつか行ってみてください!
-最近はサスティナブルツーリズムも注目を集めています。アイスランドでもそうした内容のツアーは増えているのでしょうか。
ヨハネソン大使:観光は専門ではないので詳しくはわかりませんが、アイスランドを訪れる方たちは、やはり「手つかずの自然を見たい」という方が多いのではないでしょうか。自然が好きな方々、個人で旅行される方たちは自然への敬意を持っていると思います。
自然はもろく、気候変動の影響を受けやすいものです。ですから政府や企業は、アイスランドを訪れる人々に対して、どのように自然に敬意を払い、どうすればサスティナブルな旅ができるかを啓蒙していくべきでしょう。例えばおみやげを買ったり食事をしたり、宿泊する場所が環境に配慮しているかということにも目を向けてほしいですね。
また、旅行代理店は環境に配慮しているプランを提案すると同時に、いかに環境保全が大事であるかを伝えていくべきでしょう。それは正しいからというだけでなく、ビジネス的にも必要なことだと思います。旅行を持続可能にしていくためには、環境を守りながら維持していくことが大切ですからね。
サスティナブルなツアーという意味では、ハイシーズンではなくオフシーズンに訪れること、次から次へと場所を変えて巡るよりは時間をかけてスローな旅を楽しむのがいいのではないでしょうか。
-実際に日本で暮らしてみて、日本の環境へのアクションはどう思われますか?
ヨハネソン大使:日本の政府も個人も環境への意識は高く、取り組みも進んでいると思います。これは私たちの国にも言えることですが、SNSなどを活用して環境保全のニュースを繰り返し伝えたり、人々を啓蒙したりしてきた結果です。科学的な情報とともに、啓発的に発信していくこと。そして地元の政策を決める人々や環境対策をとっている人と、協働していくことは大切ですね。夏の暑さや台風など、年々気候の変化を感じている方は多いと思います。アイスランドも冬の嵐がどんどんひどくなっているんです。環境変化はさまざまな変化が組み合わさって起きていることですから、考えて議論し続ける必要がありますね。
日本の方は礼儀正しく、お互いに敬意をもって接しますよね。町も物も清潔でオーガナイズされています。これは日本のとてもいいところだと思います。ただ驚いたのは、プラスチックの使用がとても多いこと。私はさまざまな国に滞在してきましたが、これほど日常的にプラスチックを使う国はあまりないと思います。ビスケットが箱の中で個包装されているとか、ちょっと過剰かなと思います。オーガナイズされ、清潔であろうとする国民性ともつながっていて日本らしいと思いますが、ちょっと使いすぎですね。
またアイスランドと同じく地熱エネルギーのポテンシャルの高い国だと思います。地熱は環境に負荷をかけにくいエネルギーで、効率的に家屋を暖めることができます。暖房の面では、家や建物の断熱性能も浸透するといいですね。アイスランドは二重ガラスなどの断熱性能の高いものを使用してエネルギー使用量を減らしています。そうしたアプローチは日本でもできるはずだと思います。
そしてこれは東京の大きなアドバンテージだと思うのですが、公共交通機関が非常に発達していますね。電車もバスもすぐに来ますし、とても便利です。車内も清潔ですしね。お店で小さいサイズの食べ物が選べるのもいいですね。フードロスに貢献できていると思います。例えばアメリカなどでは一皿の分量がとにかく大きくて残すのも当たり前のようですが、日本では食事を残すことがよくないという考えがあって、いいですよね。
-そうですね、北欧では箱に直接お菓子が入っていて最初は驚きましたが、今では逆に個包装が過剰だと思うようになりました。日本は湿気が多く、一度開封すると味が悪くなりやすいということも理由にあるかもしれません。では最後の質問です。国際的に評価されるアーティストのオラファー・エリアソンはアイスランドの氷河が溶けていく様を定点観測して作品としても発表していますが、こうしたアーティストや芸術分野からも環境問題を訴える声はあがっているのでしょうか。
ヨハネソン大使:いまちょうど大使館の壁に飾っている写真がまさにそうした作品です。アイスランドの写真家の作品で、これは植物プランクトンとよばれるものです。植物プランクトンは生態系を維持し、光合成により二酸化炭素を吸収して酸素を生み出しています。温暖化を食い止めるため、またすべての生き物のために必要な生物なのですが、マイクロプラスティックによる汚染でこの植物プランクトンの数が減っているんです。
アイスランド出身の写真家インガ・リーサ・ミドルトンは植物プランクトンを捉えた作品を作り、ロンドンやパリ、コペンハーゲンなどでも展示を行っています。じつはちょうど日本でも、海洋や北極をテーマに話すフォーラムの一貫として彼女の作品の展示があり、本人も来日してトークセッションが行われました。
-インガさんの作品についても、続けてレポートしていきたいと思います。大使、本日は本当にありがとうございました。
パフィンの置き物と一緒に記念撮影に応じてくださった大使。じつは大使のネクタイもパフィン柄なんです。後ろに飾ってある鳥の置き物は、アイスランドの神話にも出てくる春を告げる鳥だそう。壁にかかっているのがインガさんの作品です。
さて2回に渡ってお伝えしてきたアイスランドのカーボンニュートラルへの試み。大使の故郷であり、おすすめのヴェストマン諸島はぜひいつか実際に行って、パフィンのコロニーも見てみたいですね!自然を求めて旅する人も多いアイスランドから発信されるさまざまな取り組みは、国を超えて今後ますます環境への意識を高めるきっかけとなりそうです。
最後に話題に出た、植物プランクトンの写真展やトークセッションについてもレポート予定ですので、ぜひ引き続きチェックしてみてくださいね!
レイキャビクの保護猫カフェで会った猫さんです。後ろのネオンサインにちらっと写っていますが、アイスランド語で猫の鳴き声はmjáと綴るようです。
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