【スローに歩く、北欧の旅#25】罪悪感を持たずに進める、デンマーク流の環境アプローチとは?(前編)
みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。
今回はデンマークの首都コペンハーゲンに暮らす、さわひろあやさんにデンマークの環境アプローチについてオンラインでインタビューをしました。デンマークで子育てをしながら図書館司書としてキャリアを重ね、公認観光ガイドの資格も取得したさわひろさん。北欧のユニークな絵本の話から、コペンハーゲンの町の取り組みまでを2回に渡ってお届けします。
取材協力、写真提供:さわひろあや
北欧ならではの絵本の面白さ
-デンマークにはいつから住んでいらっしゃいますか?
さわひろさん:2003年からコペンハーゲン市に暮らしています。何度か引っ越しをしていますが、自転車で移動できるくらいの範囲内にずっといますね。夫と16歳の娘と12歳の息子の4人暮らしです。
-移住されてちょうど20年になるんですね。お仕事は何をされていますか?
さわひろさん:児童書のお店で働いていて、いまのお店は1年になります。それまでは公共図書館と学校の図書館で司書として合計すると4年ずつくらい働いていました。また翻訳、通訳やライター業もしています。
いまの店はもともと人通りの多い場所で50年ほど営業していた老舗書店がコロナで倒産となり、児童書だけオーナーが買い戻して運営しているんです。児童書の専門店はデンマークでここだけなんですよ。
-デンマークといえば童話作家のアンデルセンの故郷ですが、児童書の専門店が少ないとは意外でした。常連のお客さまも多そうですね。
さわひろさん:そうですね、子どもの頃から通っている方、家族2~3世代に渡って利用しているお客さまなど、顔なじみの顧客は多いです。こういう本が欲しいと期待してくる方もいるので、売っている本をよくわかっていないといけないんです。
-さわひろさんはnoteで日本の方に向けても、北欧の絵本を紹介されていますね。もともと興味があったのでしょうか。北欧の絵本が、とくに面白かったとか?
さわひろさん:デンマークに来て司書の学校に通っていた時に、たまたま図書館の児童部門を担当することになりました。家庭訪問をして本を届けるのですが、娘が2歳だったこともあり自分ももっと知りたいと思って。それで図書館から本を持ち帰って夫に読んでもらっていたのですが、変な物語だなとか、不思議に思う本もあって。でもそれを夫に伝えても、デンマーク人である彼には私が感じている不思議さがわからないんです。それで誰かに聞いてもらいたくて、noteに書きはじめました。
-絵本を紹介するようになったのは、偶然でもあったんですね。
さわひろさん:もともと好きだったというのはもちろんありますが、読めば読むほど面白いし、これは北欧を知るための良い手段でもあるかなと思って。図書館や書店にはもちろん北欧以外の絵本もありますが、あえて北欧の作家が書いた絵本のなかから「これは北欧らしさがありすぎて、日本では紹介されないだろうな」と思う絵本をピックアップして紹介するようになりました。
-北欧らしさがありすぎる、ですか。どんな絵本なんでしょう?
さわひろさん:例えば、なんでも正直に言ってしまう男の子のお話。嘘がつけない男の子が主人公で、おばさんが料理を作ってくれても「おいしくない」とはっきり言ってしまう。それでは人を傷つけるからと、嘘をつく学校へ行かされるんです。そこでは赤いリンゴを渡されて「うーん、この青いリンゴはおいしい!」といった風に嘘をつかないと帰れない。その男の子はもともとお行儀がよくて、よくできる子なんですが、嘘がつけない。でもその学校では嘘をつかないと帰れない。最初はぜんぜん嘘がつけなくて、大変な思いをしてやっと「青いリンゴだよ…」と言えるようになって帰ってくるんですね。それで、今度はおばさんから変なプレゼントをもらっても「本当にありがとう!」って言えるようになるんです。おばさんはとっても喜んで、男の子はお小遣いももらえて。嘘つき学校に行ってよかったね、っていう話なんです。
-シュールというかなんというか、洗脳のような怖さも感じさせますよね。
さわひろさん:私もだんだんとデンマーク的なユーモアや考え方がわかってきた頃に出会った一冊なんですが、日本人の感覚的にはぎょっとする内容ですよね。こちらの絵本って、お話がばつんと急に終わることが多くて、ちゃんとした結論がない。
-映画やドラマでもそういう作品は多いですね。それでよかったのか、はっきりしない結末も多い。
さわひろさん:そうなんです。この絵本のポイントはどこだろう?って。読み終えてから誰かと会話をしたり、考えをシェアしないと落ち着かないような内容なんですよね。
環境に関する本は売れない?
-最近では、環境や気候変動について伝える絵本なども増えているのでしょうか?
さわひろさん:お店にも環境の本はあります。物語ではなくノンフィクションで、図鑑のような本とか、環境問題を扱った本があります。でもね、売れないんです。
-そうなんですか!それもまた意外です。
さわひろさん:いい結論にもっていくことが難しいテーマですよね。どうしても「あなたたちが大人になる頃には、世界は大変なことになります」といった内容になってしまうから、そんなの読みたくない、プレゼントしたくないって思ってしまう。だから店でもだんだん置かないようになってきて……図書館にはありますね。
-具体的にはどんな内容のものがありますか?
さわひろさん:「自分たちにもできることは何だろう?」と呼びかけるような、学びとアクションの本。たとえば、この星を涼しくするにはどうしよう?といったような。プラスチックやリユースについての内容とか、もっと小さい子向けだと字が大きくて写真が多い本だったり、読書の練習に使う本のテーマとしても環境関連は増えていますね。
さわひろさん:やっぱりビジュアルがきれいな本は売れるんです。森の中にどんな鳥がいるかわかるような、ほとんど文字がなくて生き物だけが描かれている本とか。自然に対する興味を深めてもらいたいと思っている親、祖父母は多いと思います。
気候変動の本は2018~19年頃にぐっと増えました。例えばフードロスに関する本などですね。以前、学校で子ども達から「フードロスについてレポートを書きたいのに本がない!」と言われて、数年前まではそういった本がまったくなくて、ネットで探したこともありました。
もともとデンマークでは食品ロスへの問題意識はあまりなかったんです。食べ残して全部捨てちゃっても平気だったのが、この数年で考え方が変わってきています。グレタ・トゥーンベリさんの存在は大きいですね。
環境問題は、パーソナルに受け止めない
-気候変動やフードロスの問題については、親世代より子ども達の方が身近に考えている場合もありますよね。
さわひろさん:いまの低学年だと、もう読書する前の年齢からフードロスや環境についての情報が入ってきます。授業でもゴミの扱いに触れたり、ニュースや天気予報でも気候変動は前提条件として話されています。息子と一緒にニュースを見ても思いますが、世の中にそういう問題があるという認識が子どもの頃から共有されていますね。
-天気予報でも、気候変動が取り上げられるんですか?
さわひろさん:たとえば夏の気温の変化について、30~50年前と比べて平均気温が明らかに上昇していると画面でわかるように見せてくれます。雪が少なくなった、雨が多くなったなど、温暖化していることがわかるような見せ方なんです。日本の台風や、アメリカやオーストラリアの山火事、アフガニスタンの土砂崩れのニュースも気候の問題として扱われます。だから日常的に意識しないではいられないんです。
-家庭でも環境や気候のことについて、子ども達と話したりするのでしょうか?
さわひろさん:不思議と全然しませんね。同じ年頃の子どもがいる同僚にも聞いてみたんですけど、とくにしていないと。もちろんゴミは分別するし、食べ残しをしないようにするとか、空いた缶やボトルをスーパーマーケットに返却するなどはしていますが、もはや生活の一部となっていて、特別に話したりわざわざがんばるものでもない感じですね。日本に暮らす友人と話している時の方が、一人ひとりが考えている印象があります。
-先ほど、グレタ・トゥーンベリさんの名前が出ましたが、正論すぎる故か、日本では拒否反応を示す人も少なくないです。「意識高い系」といった風にからかわれてしまう流れや、さらには陰謀論だと言う人すらいます。デンマークではそういう反応ってあるのでしょうか?
さわひろさん:彼女の指摘していることをパーソナルに受け止めてしまうと大変ですよね。プラスチックは使ったらだめ、服を買ったらだめ、100円ショップの商品なんてだめ、飛行機もだめと言われて、自分がすごく悪い人間のように思えてしまう。でもそんな風に思っていたらやっていけないですよね。もちろんそれは考えるべきテーマですが、こちらでは環境の問題は個人のレベルではなく、政治的に解決することとして、視点を一段上に持っていく印象があります。自分ひとりでは解決できないことに対して、個人的に罪悪感を感じ過ぎる必要はない、と。そういう発想転換や共通理解があるのはとてもラクでいいと思います。
-それは大きなヒントです。大きな問題を、個人的な問題として捉えすぎない。そういう考え方ができるのは、やはり子どもの頃から問題と向き合う習慣があるのでしょうか。絵本でも「誰かと話したり、シェアしないと落ち着かない」内容が多いとありましたが、そういうフックが多いのでしょうか。
さわひろさん:そうですね。この国では小さいうちから、大きな問題を解決するには他の人とどう協力して解決していくかを考える訓練をしますね。環境の問題も、みんなの問題だからみんなで解決しようという考え方。だから政治家にどんどん要求していくんです。
-政治ドラマの『コペンハーゲン』を見ていてもそうでしたね。その要求に応えていかないと、政治家もやっていけない感じがしました。
さわひろさん:はい、まっとうですよね。「この議論で何をしたいのか?」「完璧を目指したいのか?」「CO2を減らしたいのか?」「減らすなら何が必要?」と問いを立てて解決に向けて決めていく。こうしたやり方は、デンマークのさまざまな分野に通じると思います。
例えばコペンハーゲン市では建物、インフラ、テクノロジーの3分野に投資すると決めていて、建物の二酸化炭素排出を40%減らす、自転車道路整備にお金をかける、発熱するものをエネルギーとして再利用するなど、市として絶対にクリアしなければいけない目標設定があり、毎年レポートを出す必要もあります。だから大きなレベルでやれることはガツガツやって目標を達成していく。
個人単位だとどうしても、できる人とできない人の差が出てしまいます。だから個人の責任にならないようにして、もっと権限のある市や自治体、国が減らすことに最大限取り組むんです。
正直に、気楽にやりたい
-北欧5カ国の国民性を比較する時に、デンマーク人はよく「いちばん陽気で正直」などと言われます。個人の責任を重くしない、罪悪感を感じないようにする、というのもデンマークらしい気がしますね。
さわひろさん:ですよね。デンマークの人は正直で、開き直るというか、あくまでも気楽にうまくやろうよとの気持ちがある。個人が善人として行動することに期待をしていないとも言えますね。もっと気軽に、もっとお得に、いいことをした気持ちになれるように、しかも簡単にできるようにと、そこを重視して仕組みをデザインしていると思います。だから個人としてはラクだし、それで満足感も高いんです。「私たちは、やってるぞ」って。
-絵本の話に戻りますが、以前スウェーデンの環境関連の絵本で、絵柄はとっても可愛いけれど、じつは地球は壊れかけていることを描いた内容で、考えさせられる絵本を見たことがあります。そうした教育的な仕掛けの絵本って、デンマークではあまり受け入れられないのでしょうか。
さわひろさん:じつは私もそこは気になっていたところなんです。おそらくデンマークの人って、教えるとか、正しさを上から持ってくることへの拒否感が大きいんです。「こうするべき」と教えられるのではなく、自分事として気づくことが大事なんですよね。
環境に関する本でも、物語で学ばせるとなると、どうしても上から押しつけるような内容になってしまうから図鑑的な本が多いのかもしれません。土の下にはどんな生き物がいて、気候変動によってどういう影響を受けるかなど、まずは知ることを大事にしている。知ることで初めて大事にしようという気持ちが生まれますよね。「大事にしなければいけません」と教えるのではなく、影響を受ける生き物や自然のことを、仲間として認識するにはどうしたらいいかを考えていると思います。あなたの友達が困ってしまうよね、と気づいてもらえるように。
-スウェーデンとはアプローチの仕方が違うんですね。
さわひろさん:例えばSDGsに関するパンフレットがあるとして、まずは「あなた自身はどうですか?」と尋ねて、そこからまわりの話につなげていく感じです。あなたがアクションのメンバーです、あなたが大事なんですよというメッセージから始まる。あなたが困っているように、他の人も困っているかもねとつなげていったり。
一方で、30代半ばくらいまでの若い親世代からはスウェーデンにあるような「きちんと子どもに教えられる本はないですか?」と聞かれることも増えています。でもそういう本は、デンマークにはあまりなくて、まだ追いついていないのかなと思います。
-スウェーデンはわりと真っ向から正しいこと、公平さを掲げて取り組んでいる感じがしますが、デンマークの場合はそういうやり方だと支持を得られない。
さわひろさん:そうですね。正しいことでも、上から押し付けるようにすると反発がある。そういう傾向はあると思います。ポリティカル・コレクトネスへの反発も一部の人々の間ではあると思います。だから、何が正しいかという話をする場合にはすごく慎重で、押し付けるのではなく、そーっと持ってくる感じがありますね。
(後編に続きます)
パーソナルに捉えない、という視点にはっとさせられた今回のインタビュー。「個人レベルではなく、より大きなレベルでガンガン進めていく」とお話にありましたが、次回、後編では自治体や国が実際にどのような取り組みをしているかを伺っていきます。
今回のインタビューはzoomで行ったのですが、その後、コペンハーゲンを旅してさわひろさんと久しぶりに再会を果たせました!その時にプレゼントしてくださったのがこの絵本。犬づきあいが苦手で、ドッグランで楽しそうにしているワンコたちをひとり窓辺から眺めていたワンコさん(人間に飼われているのではなく、自分の趣味の物々や素敵なインテリアに囲まれて、ひとり暮らしをしているのがなんともデンマークらしい!)のお話。勇気を出して仲間に入ろうとするけれど、犬界のルールや空気が読めずに空回り。そんなワンコのもとへ、おともだちになりましょうと一匹のワンコがやってきます……。
今回のインタビューにも通じる「あなたらしくいることが、まず大事なんですよ」というメッセージが伝わってくるような一冊です。さわひろさん、マンゲ・タック(デンマーク語でありがとうの意味)!
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