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【スローに歩く、北欧の旅#50】都会でも庭のある暮らし。コロニーヘーヴの話

みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧での体験を紹介するこの連載。今回は都市部に暮らす人々の癒やしの場となっている、北欧らしい”庭”についてご紹介します。


北欧の”庭”でのひととき

コペンハーゲンに暮らす友人宅を訪れた時のこと。「デンマークの暮らしに興味があるなら行ってみない?」と誘われて訪れたのがコロニーヘーヴです。へーヴとはデンマーク語で庭のこと。コロニーヘーヴとは、アパートや集合住宅など庭のない家に暮らす人々が庭いじりを楽しめるようにと、国や自治体などから借りられる土地のことで、日本でいう市民農園のようなもの。

デンマークのコロニーヘーヴ協会によると全国に62000ものコロニーヘーヴがあり、協会に属している区画は、一般的な土地価格から考えるとかなり格安で借りることができるそう。このコロニーヘーヴのシステムは都市部に暮らす市民の間でとても人気が高く、新規で借りるには数年待つのも当たり前だとか。

コロニーヘーヴでは庭いじりの道具を置いたり、途中で休憩ができるように敷地内に簡素な小屋が建てられていることが多いのですが、友人のコロニーヘーヴを訪れてみると、小屋というにはだいぶ立派な建物が! 中に入ってみるとキッチン、リビング、そして小さなベッドルームもあって、夏の間はここに寝泊まりして過ごすのだとか。まるで小さな別荘です。ただしコロニーヘーヴを住居として使うことは禁じられており、5月~10月の夏期のみ宿泊滞在が許されているとのことでした。

友人の庭でしばしのんびりした後、敷地内を歩いて他の庭ものぞいてみたのですが、小屋のデザインや門構えもそれぞれに凝っていて、さすがインテリアの国の人たちだなと思いました。もちろん主役は庭なのですが!

コロニーヘーヴの歴史

コロニーヘーヴは、もともとは農地を持てない貧しい人たちが自給自足できるようにと国や自治体が貸し出したのが始まり。当初はアルコール中毒者をケアする場としても使われていたそうです。

工業化が進んだ19世紀の終わりから20世紀初頭に、地方から都市部へと労働者が流入して住宅事情が悪化したことも相まって、コロニーヘーヴは労働者が新鮮な空気に触れリフレッシュできる場所としてデンマーク各地の都市部近くで急速に増えていきました。第一次世界大戦の頃には、食糧難に際してじゃがいもなど根菜類を栽培することが奨励されていたそうです。こうしたコロニーヘーヴの仕組みはドイツやイギリス、ポーランドなどヨーロッパ全域に広がっていきます。

コロニーヘーヴの土地は国や自治体が所有しているほかに私有地もあるのですが、市民の憩いの場が市場原理で失われないよう、デンマークでは2001年に「コロニーヘーヴのある土地は、移転先が確保されているなどの条件をクリアできない限り、通常の土地のように売買ができない」との法律も制定されています。

旅の途中で、庭をのぞく

ちなみにデンマークのお隣の国、スウェーデンにもコロニーロットと呼ばれる同様の仕組みがあります。首都ストックホルムには、ショッピングモールや大きなホテルがひしめく繁華街からすぐ歩いていけるエリクスダールスというエリアに大きなコロニーロットがあります。デンマークで訪れた友人のコロニーヘーヴは、権利所有者しか立ち入ることができなかったのですが、ここでは誰でも敷地内を歩くことができました(個別の区画には入れません)。このエリクスダールス・ルンデンコロニーの中には、コロニーロットの歴史が展示された小さなミュージアムもあるんです。

小さなミュージアム内にはコロニーロットができた頃の写真がたくさん。スウェーデンでコロニーロットがどのように浸透していったか、またこの地域出身の銀幕の女王、グレタ・ガルボの父が所有していたというコロニーロットの写真など興味深い展示もありました。

天気のよい日だったので、庭にテーブルを出してコーヒータイムを楽しむ人の姿もありました。スウェーデンの人たちはフィーカとよばれるコーヒーと甘いものを楽しむ時間をとても大切にしているのですが、こうして都市部に住んでいても自分の”庭”でフィーカできるなんて素敵です。

トマトやルバーブ、ベリー類など野菜や果物を育てている人もいれば、色とりどりの花にあふれた庭もあって、思い思いに手入れされた庭を見比べながら散策できるのが楽しいんですよね。ガーデニング好きな方にはぜひおすすめの場所ですよ!

スウェーデンの別の町に暮らす友人からは、最近になって「やっとコロニーロットをもてた!」と聞きました。「いま野菜を育てているんだけど、定期的にちゃんと手入れをしていないと、所有の資格なしとみなされて権利がなくなってしまうんだよ」とのこと。庭とちゃんと向き合える人に権利がまわるようになっているんですね。

公園や森とはまた違う、北欧の自然のあり方に触れられるコロニーロット。街歩きに疲れた時に、そして北欧の暮らしをより深く知りたい方にはぜひ知っておいてほしい場所です。

庭のリンゴの木の下でたたずむ猫さん(これはコロニーヘーヴではなく、住宅街の庭です)。デンマークの友人宅の近所では、こうして庭でくつろいだり、お隣の庭まで自由に行き来する猫さん達をちょくちょく見かけました。猫さんたちも庭で過ごす時間が好きなんでしょうね。それではヴィセース(デンマーク語でまたね)!


プロフィール  森 百合子(もり ゆりこ)
 

北欧5カ国で取材を重ね、ライフスタイルや旅情報を中心に執筆。主な著書に『3日でまわる北欧』(トゥーヴァージンズ)、『北欧ゆるとりっぷ』(主婦の友社)、『いろはに北欧』(学研プラス/地球の歩き方)など。執筆活動に加えてNHK『世界はほしいモノにあふれてる』『趣味どきっ!』などメディア出演や、講演など幅広い活動を通じて北欧の魅力を伝えている。築88年の日本家屋に暮らし、北欧デザインを取り入れたリノベーションや暮らしのアイデアも実践中。 
HP:https://hokuobook.com
Instagram:@allgodschillun

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